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ザル頭とタルパの日常生活

ザル頭のブログです。タルパとかがでてきます。

見せてはいけない記事

二週間前、見られたら私の正気と人間性を疑われてしまう記事が書けたんだ(゜レ゜)
その名も「愛憎の魅力」

ひたすら『愛憎』の良い所を語り続ける上に、非人道的な思考を連ねていると言う、
閲覧注意どころか当ブログ初 『  閲覧禁止  』  を生み出してしまった(゜レ゜)



もう、何を書いたらいいのかわからないよぉ!!状態である(゜レ゜)
私の目が死んでいる話でも書くか?なんも面白くないがなぁ!!!!


ちなみに愛憎に関しては「憎いのに愛している状態」が好きなだけである(=゚ω゚)ノ
殺し合いまでいくと確実に負けるのでそれは勘弁してほしい(´・ω・`)


ですがせっかく書いてしまったのでちょっとだけ書かせてくださいm(__)m
内容注意!反転してね!:私は憎いのに愛してると言うのがリアルでも好きである。
憎しみは負の感情にしか聞こえないかもしれないが、そうではない。むしろ相手の事を永遠と考え続けているだけである。
どこかで『愛と憎しみは紙一重』と言ったが、まさにそう思う。憎めば憎むだけ相手のことしか考えられなくなる。これって恋している時と似ている。好きの反対は無関心(゜レ゜)

憎いと思っているのに、それでも好きだと言う。ってまさに本当に愛してると言えるのではないかと思った。
私は色んな方向に屈折しているのか、愛されるだけではなんか足りません。憎まれるのが程よいのかもしれない。
しかし、憎まれるだけだと私の身が持たない。だからこそ、憎んで愛すると言うのがいいと思うのだ
『好きな人』にそんなに自分の事でいっぱい想ってくれる・固執しているって素敵だと思う。
※行為すべて受け入れるとは言っていない!!!だめ殺人!!!心中!!!






というのを千何文字に渡り、つらつら書いていたのだぁ。
私の二週間、数行で短縮しちゃったよぉ(´・ω・`)

後はね、SMについても考えていた(゜レ゜)
被虐主義とかじゃあなくて、精神的なSMについてだな(゜レ゜)


現在も調べている最中なのだが私の考えとして、キーワードは「所有する・所有される」がポイントのような気がする(゜レ゜)
SMいいよぉ!!!!ヾ(*´∀`*)ノ


後は懐かしのSM性格相性診断をやったら、私は浮気者のひどいSに格上げしていた(゜レ゜)(こちら♡

ヴァルタソは魅力的なMだったが、私との相性が92点だったため少しご満悦だった(*゜ω゜*)(こっちよ♡





後はですねぇ……ヴァルさんとの関係が少し変わったのよ(゜レ゜)
何というか……ちょっと恥ずかしいのだけれど、私のものって奴である。
『私のものなんだからずっと傍に♡』って奴である。砂はきそう甘すぎるヾ(°∀。)ノ
実質は『ヴァルさんが私から離れるまで一緒に居ようね』が「君の所有物なら君から離さないでくれるよね?(威圧)」によって『お前は私のもの♡』になった。

理由がないとタルパの手すら掴み続けられない、情けないマスターである(゜レ゜)
ヴァルタソにも気を遣われているのだぁ……

なんかここのブログやばい方向に進んでいっている気がすっごいする(゜レ゜;)

タルパ以前に内容がヤァバイから、個人特定されたら明日から生きていけない(゜レ゜)
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可愛いなぁ(白目)

~ヴァルさんとまじないの小話~


(Twitterで日本昔のまじない(復縁について)についてツイートされているのを見ている。私が酔っている)

私「ふふwwそういえば昔の魔術とかって何か書いたの物を土に埋めたり川に流したりだったなぁwww
  あ、ヴァルさんもし例え相手と別れても惹きつけて復縁する呪いがあったらする?wwww」

ヴ「え?(目が輝く)」

私「(聞く相手間違えた&酔いが醒めた)……そう言えば本業の方でしたね! ちょっ、」

ヴ「ちょっと待って、少しだけだから……」(私を押しのける勢いで画面に近寄る)

私「( ゜  レ  ゜ )やめて」


その後、私が席を立ったのちパソコンの前で画面(まじないの画面から別の画面に変えた)を不満げに見つめるヴァルさんの姿が……

ヴァルさんはオリジナル小説に出てくる魔術師をモデルにしているのですが、その影響か「魔術」だの「呪い」だのという単語が出てくる。
それが本当に出来るのか、やっていないのかは【※自己申告】である。

本人曰く「(※出来るけど)やっていない」
これがはったりか、本当かは一生分からないでいてほしい(゜レ゜)


目が輝くヴァルさん可愛かった(小並)
そういえば、昔は「護衛だから分別つけるべき」とか「主従なんだから気安すぎるのはよくない」って言っていた。
だが、私がよく考えたら最終的に主従であればいいだけと思い、結果昔より不遜?になったヴァルさん。
元々冷めていたり不満があったらブスくれる性格だったので、昔の方のが頑張って性格作っていた様です(゜レ゜)

今もヴァルさんも何だかんだ好きですし、ふて腐れても主従をわきまえもしてくれるよい子です、昔から

今日のヴァルさん

めっちゃ機嫌悪い^ - ^



具体的に記事にする気が起きないぐらい(゜レ゜)
機嫌が悪くなる原因はいつも私だけど、私以外ではこうならないから
周りに比べて私の不快度が天上突破なのか、私関連くらいでしか怒らないのか。どちらにせよ戦犯(私)

以下何という懺悔(゜レ゜)面白みもねぇッ!注意ッ!!

虚無感?焦土??

ちょっと鬱時代の事やなんか意味不明な記事です(゜レ゜;)
読んだ後に「はぁ……そうですか(゜レ゜;)」なる系。苦手な方はご注意くださいm(__)m




~学校カウンセリングの先生との会話~

私「出来なくても許されているって言葉を聞いたのですが、それって本当なのでしょうか?
  この言葉を聞いた時「え??」って思ったのですがどう思われますか?」

先生「え?そうですか??……それはちょっと、違うんじゃないかと思います(要約)」

私「そうなんですよね。
 出来なければ駄目、とかできなかったら周りにも迷惑がかかったりとか、そう考えると「出来なくても許されている」とは思えないんです」


私「うつ病時代は結果主義に常に頑張っていたんです。
 そうしたら、何と言いますか頑張って手に入れた物でも「こんなものか」とか結局すべてなくなると考えたら全て価値が無い様に思っていたんです」

先生「それはその通りだと思います(要約)」

私「……ん!?」

先生「頑張っていても、「こんなことしても何の役に立つんだろう……」とか私もそうなんじゃないかって思います……(要約)」

私「え、いや、私もその考えが間違っているとは思いません。
 だけど、「それって楽しい?」とか「希望が持てる?」って聞かれたら違うってなりますし、ぶっちゃけ楽しくないです。
 そう考えると生きるって意味では違うんじゃないですかね?(混乱)」

先生「いえ、そう感じるのはもっともだと思うんです。
 誰もが見えないようにしていた事をその御年で発見されるのはすごいと思いました^^(要約)」

私「……、あ、でも、だったら頑張ってやっていても結局無価値だったら、頑張らなくとも価値は変わらないですね
 無理にやらなくても大丈夫って事ですね!」

先生「!! 今素晴らしい事を聞きました!なんだか私の方がカウンセリングしていただいたようでありがとうございました!」 

私「 いえ、何かに役立ったならうれしい限りです(白目) 」



ぶっちゃけ今も虚無感が出るときもあるけど、「結局無価値なら頑張り過ぎなくてもいい」って考えると少し楽になる気がします(゜∀゜)

過去、ただひたすら頑張って上位の成績を手に入れても私にとって価値はなかったです。
それはきっと私の本心では、心の底から欲しいと思ったものじゃなかったんだと思います。


心の底からの願いなら頑張る事はとてもいいことだと思いますが、私の様に義務感やらで必要以上に必死になるのは鬱の入り口に逝くことになります(゜∀゜)

義務感から、まるで自分が欲しているかのように頑張り続けても得る物は結果と虚無感でした。
だから「頑張っても虚無感だったら、頑張らなくても価値は変わらない。必要以上に頑張らず、自分が欲しいと思う物の為に頑張ればいい」と私は思います。


なんか、不思議な体験をしたので記事に書きたかった(゜レ゜;)

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